Izumo ancient history studies group
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- 出雲国風土記百景(番外)
今回は風景写真なしなので番外ということに。 前回、古代出雲国に鯉あるやなしや、について、最古の補訂本系写本『出雲風土記鈔』(以下『鈔』)を著した岸崎時照は、佐草自清の説を引用して自分の採用したテキストを否定する説を記していることを紹介した。 この連載の第7景で、秋鹿郡神名火山でも補訂本独自のテキストをだれが記したかについてもふれており、「(岸崎は)自分の採用した神名火山の高さ230丈は誤りである、と考えていた」と推測した。この点を少し深めてみたい。 下記は古代出雲歴史博物館所蔵の『鈔』(表題は「雲州風土記」、以下歴博本『鈔』)の秋鹿郡の山記載である。これには、岸崎は完成した『出雲風土記鈔』について大社にある正林寺宏雄の添削を頼んだ、それを北島伝之丞が写した、と記されている。ただし、この本には宏雄のものと思われる添削が残されている。また表題「雲州風土記」は宏雄が『出雲国風土記』を呼ぶときに用いる名称なので、歴博本は伝之丞が写した本ではなく、宏雄が添削したそのものとみられる(岡宏三2021)。『鈔』写本では現在最も古いもので、『鈔』写本の多くは、この系統に属している。 ここで注目したいのは、文章の区切りである。『鈔』はまず『風土記』のテキストを挙げたのち、「鈔云…」として解説を付す。秋鹿郡の山は、一山ごとに解説が付されているのであるが、『鈔』では神名火山は足日山と合わせて一山としている。これは、神名火山の最後が「所謂佐太大神社即彼山下之足日山」なっており、佐太神社が神名火山の山下の足日山にあるかのように解釈できるからである。 現在の研究者から見ると、神名火山の最後に「之」が置かれているだけで、この二つは別な山の記載である。このことについては佐草自清が早くに「近日佐太祠官」が述べる「大非」である、と指摘している(藤間氏本『風土記』の書入れ。髙橋2014)。このような言説は、実は当時杵築大社との間で神職の任免をめぐって対立していた佐太神社の認識にみられ(平石2021)、この個所の『鈔』テキストの背景には佐太神社の存在を読み取ることができる。 この認識は誤りなのだが、それに従い二つ合わせて神名火山とその麓の佐太神社のある足日山とすると、神名火山は足日山より高くなければおかしいことになる。『鈔』の採用する本文は、おそらくこのような認識のもとに、神名火山の高さを230丈、周り14里としているとみられる。 この周辺で周辺で一番高い山は朝日山である(これは測量しなくても一目瞭然)。 第7景にも記したとおり、写真の歴博本『鈔』の解説「鈔云」は朝日山=足日山(高さ170丈)だ、としている。採用したテキストでは神名火山230丈が一番高いのから、テキストに反する解説が付されているのである。 しかし、歴博本『鈔』に示された岸崎の見解はのちに撤回される。 髙橋周氏の指摘によれば(髙橋2020)、近世大社領の確定(大社湊原争論。1687年)をめぐり、大社領を抑制する郡奉行の岸崎と佐草自清は対立を深めていく。そして、自清の見解から離れる形で、岸崎は『出雲国風土記俗解鈔』を執筆する。 この俗解鈔では、神名火山と足日山は別な山として扱われているが、朝日山を神名火山としており、朝日山を足日山とする歴博本『鈔』とは異なる比定が行われている。 そうなると、歴博本『鈔』の見解は、岸崎のホンネなのか、この段階では良好な関係にあった佐草自清の説に引っ張られているのか(前回の鯉は最終的に自清の理解によっている)、わからなくなってくる。 結局のところ、だれが脱落本系の神名火山の高さ40丈を230丈、周り4里を14里にしたのかは相変わらず不明なのだが、佐太神社やその主張を受けての岸崎の解釈によるもので、『鈔』を記した段階では佐草自清の影響を受けて、本文と異なる解釈を付している可能性も否定できない、といったところになろうか。 参考文献 岡宏三2021「書誌解題と塗抹等一覧」『島根県立古代出雲歴史博物館所蔵 影印 出雲風土記鈔』島根県古代文化センター 髙橋周2014「出雲国風土記写本二題 郷原家本と「自清本」をめぐって」『古代文化研究』22 平石充2021「古代中世の佐太神社と『出雲国風土記』」『日本書紀と出雲観』ハーベスト出版 髙橋周2020「阿祢神社本『出雲国風土記俗解鈔』の検討」『出雲弥生の森博物館紀要』8 ※髙橋の髙はハシゴ髙です。歴博本『鈔』についての評価を訂正しました(7月26日)。 ※引用論文の誤りを訂正しました(髙橋周2014)。 (平石 充) ※次回は8月6日に更新します。 ・写真は加工されており、資料的価値ありません。写真としてお楽しみください。 ・本文中のアラビア数字は沖森卓也・佐藤信・矢嶋泉編『風土記』山川出版の行数です。 ・解説は撮影者によるもので、出雲古代史研究会の公式見解ではありません。 ・写真の無断転用はお断りします。
- 特別展「出雲・石見・隠岐の古墳文化」
#島根県立八雲立つ風土記の丘(#島根県松江市)は、今年の2022(令和4)年に開館50周年をむかえました。開館50周年おめでとうございます。このたび、八雲立つ風土記の丘は、次のとおり特別展をひらくことになりました。感染予防をとったうえでお運びくださいますようなにとぞよろしくお願いします。 →八雲立つ風土記の丘の歴史について 特別展 出雲・石見・隠岐の古墳文化 期 間:2022年9月10日(土) ~11月20日(日)毎週火曜休 時 間:09:00~17:00(入館は16:30まで) 場 所:島根県立八雲立つ風土記の丘 展示学習館(島根県松江市大庭町456) →交通アクセスのページ 入館料:一般 300円/大学生 200円/小中高生 無料 その他:史跡マップのページ 八雲立つ風土記の丘開所50周年記念 並河萬里写真展 シルクロードのかざり 期 間:2022年8月13日(土) ~10月10日(月)毎週火曜休 9/9 金 臨時休館・9/13 火 臨時開館 時 間:09:00~17:00(入館は16:30まで) 場 所:島根県立八雲立つ風土記の丘 展示ガイダンス棟(島根県松江市大庭町456) →交通アクセスのページ 入館料:無料 第46回ガイダンス山代の郷ロビー展 展覧会ポスターで振り返る風土記の丘の50年 期 間:2022年8月20日(土) ~10月17日(月)毎週火曜休 時 間:09:00~17:00(入館は16:30まで) 場 所:ガイダンス山代の郷(島根県松江市山代町470-1) →交通アクセスのページ 入館料:無料
- 古代天皇研究会 井上正望氏著書書評会
#古代天皇研究会(#東京)は、日本古代の天皇とその周辺を検討する研究会です。天皇を中心に、①天皇と天皇を支える身位、②天皇という存在の影響力(天皇権力を背景におこなわれる統治行為なども含みます)などを研究していきます[2020年6月6日 古代天皇研究会の活動方針より]。 「古代」と「天皇」をつけていますが、古代天皇研究会は、この二つにとどまりません。古代に続く中世などほかの時代、太上天皇・女院・三后(皇后・皇太后・太皇太后)・皇太子・摂関など天皇以外の身位、日本以外の国家の君主、文化人類学などほかの分野、といった様々な縦割りをこえ、天皇をトータルにとらえることをめざしています。 このたび、次のとおり研究報告会をひらくことになりました。オンラインですので、地方住みの方も参加しやすくなっています。ご多用の折かと存じますが、ご関心がある方はお誘いあわせのうえ、お申込みくださいませ。 井上正望氏著書書評会 日 時:2022年9月3日(土)14:00~18:00 参 加:オンライン/500円/事前申込み[9/1 木まで] 振込み:三菱UFJ銀行 普通口座 柏支店(店番454)口座番号 0676657 名義 古代天皇研究会 里舘翔大 (コダイテンノウケンキュウカイ サトダテショウダイ) その他:リモート飲み会あります 報 告:①桜田真理絵 「日本古代史の立場から」 ②海上 貴彦 「日本中世史の立場から」 ③杉田 建斗 「儀礼・祭祀研究の立場から」 《参 考》 井上正望『日本古代天皇の変質-中世的天皇の形成過程-』塙書房、2022年3月、本体1万1000円
- 2022年 出雲古代史研究会大会 原報告
【会場+オンライン】2022年 出雲古代史研究会 大会がいよいよ来月に迫ってきました。今年のテーマは「古代・中世の斐伊川をめぐる諸問題」です。毎週4報告について順次、ご紹介してまいります。最終回の今回は、原慶三報告です。 古代・中世の斐伊川をめぐる諸問題 斐伊川流域における中世的所領の成立と終焉 原慶三 斐伊川流域所領の形成・発展過程と流路の変遷を検討します。大社領は国司寄進地と在庁官人等寄進地で構成されます。楯縫郷内多久郷内久木村は一七世紀半ばには田数二八四町余の大村となりました。近世初頭の要塞都市松江の建設は西流路を消滅させました。 →2022年大会のご案内ページ →参加お申込みフォーム
- 2022年 出雲古代史研究会大会 平石報告
【会場+オンライン】2022年 出雲古代史研究会 大会がいよいよ来月に迫ってきました。今年のテーマは「古代・中世の斐伊川をめぐる諸問題」です。これから4報告について順次、ご紹介してまいります。最初のご紹介は、平石充報告です。 古代・中世の斐伊川をめぐる諸問題 出雲平野の河川と古代の斐伊川 平石充(島根県古代文化センター) 出雲平野(神門郡域)については、発掘調査が進展し、池淵俊一氏によって用水の整備と集落や古墳の動態についての検討がなされています。本報告ではこれを踏まえて、『風土記』の記述をどう考えるか、また斐伊川西流時の河道と用水・風土記社の位置について検討します。 →2022年大会のご案内ページ →参加お申込みフォーム →次回更新2022年7月13日(水)
- 2022年 出雲古代史研究会大会 舟久保報告
【会場+オンライン】2022年 出雲古代史研究会 大会がいよいよ来月に迫ってきました。今年のテーマは「古代・中世の斐伊川をめぐる諸問題」です。毎週4報告について順次、ご紹介してまいります。今回は、舟久保大輔報告です。 古代・中世の斐伊川をめぐる諸問題 ヤマタノヲロチ退治神話と斐伊川 舟久保大輔(駒澤大学) ヤマタノヲロチ退治神話は、斐伊川が舞台となっています。本報告では、この神話の史的背景を踏まえつつ、ヲロチと斐伊川の関係やなぜ斐伊川なのかという問題について、記・紀という王権神話の枠組みの中で考察することとします。 →2022年大会のご案内ページ →参加お申込みフォーム →次回更新2022年7月20日(水)
- 2022年 出雲古代史研究会大会 瀬戸報告
【会場+オンライン】2022年 出雲古代史研究会 大会がいよいよ来月に迫ってきました。今年のテーマは「古代・中世の斐伊川をめぐる諸問題」です。毎週4報告について順次、ご紹介してまいります。今回は、瀬戸浩二報告です。 古代・中世の斐伊川をめぐる諸問題 宍道湖の古環境から見た斐伊川東流イベントの年代とその意義 瀬戸浩二(島根大学エスチャリー研究センター) 斐伊川東流イベントは、宍道湖の古環境変遷史においてもっともインパクトのあるイベントです。このイベントは、宍道湖の堆積物に記録されており、塩分の指標である全イオウ濃度の変化が特徴的に変化します。本報告では斐伊川東流イベントの科学的手法により見積もられた年代とその古環境変遷について最新の研究結果に基づいて検討を行います。 →2022年大会のご案内ページ →参加お申込みフォーム →次回更新2022年7月27日(水)
- 展覧会「Moji-古代出雲と世界の文字-」
#島根県立八雲立つ風土記の丘(#島根県松江市)は、今年の2022(令和4)年に開館50周年をむかえました。開館50周年おめでとうございます。 →八雲立つ風土記の丘の歴史について このたび、八雲立つ風土記の丘は出雲国府と世界からでた文字資料を一堂にあつめた展示をひらくことになりました。会期中の2022年8月20日(土)に出雲古代史研究会大会がここでひらかれます。大会の対面参加の方は、無料で展示をご覧になることができます。近くの出雲国府跡とあわせてぜひお運びくださいませ。 →出雲古代史研究会 大会ご案内ページ 展覧会 Moji-古代出雲と世界の文字- 期 間:2022年6月18日(土) ~8月21日(日)毎週火曜休 時 間:09:00~17:00(入館は16:30まで) 場 所:島根県立八雲立つ風土記の丘 展示学習館(島根県松江市大庭町456) →交通アクセスのページ 入館料:一般 200円/大学生 100円/小中高生 無料 その他:史跡マップのページ
- 史跡出雲玉作跡指定100年シンポジウム
2022年は、史跡出雲玉作跡が国史跡の指定をうけて100年めという節目にあたります。これを記念して松江市は次のシンポジウムをひらくことになりました。ご多用の折かと存じますが、なにとぞご参加くださいまますようよろしくお願いします。 →史跡出雲玉作跡について 史跡出雲玉作跡指定100年記念シンポジウム 古代国家の形成と出雲の玉作り 日 時:2022年10月22日(土)13:30~15:45 会 場:松江テルサ 1階テルサホール(島根県松江市朝日町478-18) →交通アクセスのページ 参 加:無料/事前申込み[10/14 金まで]/先着270名 申込み:①電話 0852-55-5284(松江市役所埋蔵文化財調査課あて) ②FAX 0852-55-5284(申込みフォームPDFファイル) ③ネット しまね電子申請サービス 代表者氏名/名前ふりがな/申込み人数 ご住所/電話番号 《参 考》 島根県古代文化センター 編『古代出雲ゼミナールⅥ』2020年、ハーベスト出版 瀧音大「八世紀の玉の話」(『別冊太陽』風土記 古代の日本をひらく、2018年、平凡社)
- 出雲国風土記百景(第26景)
【意宇の海】 【松江市東出雲町意東海岸 2022年8月撮影】 意宇の海は『風土記』には登場しないが、万葉集に見える。というか万葉集に見える出雲の地名はこれと焼島(たくしま)しかない。※焼島は出雲以外の可能性もある。 意宇(おう)の海の、河原(かはら)の千鳥(ちどり)、汝が鳴けば、我が佐保川(さほかは)の、思ほゆらくに(0371番歌) 門部王 飫宇(おう)の海の、潮干(しほひ)の潟(かた)の、片思(かたも)に、思ひや行かむ道の長手(ながて)を(0536番歌) 門部王 大君(おほきみ)の、命(みこと)畏(かしこ)み、於保(おほ)の浦(うら)を、そがひに見つつ、都へ上る(4472番歌) 出雲掾安宿奈杼麻呂 これらの見える意宇の海は4472も同じ海であるとすると「おほ」とも読まれていたようで、意宇をどのように読んでいたかを考えるうえで重要である。 それは措いて、0536・4472ではともに道(山陰道)から見えるように書かれているから、やはり意宇川河口付近を指すのであろう。また0536には潮干の潟とみえるから、遠浅の砂浜であった。 現在は意宇川付近の中海は埋め立てによって自然地形が消失しているが、近年湖岸を復元しようとする試みがなされており、そこで撮影した。汀線付近まで草が茂っているが、塩分濃度の高かった風土記時代には砂浜が形成されていたのであろうか。 さて、前回野代海中が白砂青松の景勝地ではなかったか、としたが、こちらも同様で国府から近い砂州だったと思われる。 現在の意宇川は砂州を直線的に切って中海にそそぐが、これは次期不明の治水によるものである。航空写真を見ると、現在の阿太加夜神社付近と、安国寺前付近に河口がありその間は砂州が北に向かって伸びていたとみられる。 『雲陽誌』の意宇郡出雲江(あだかや)の足高明神(現阿太加夜神社)には本社の北に「御影浜」「御寄浜」があり、明神神幸の地であると記されれている。やはり白砂青松の景勝地であったと思われる。 そして、近世にはこちらが歌枕「袖師浦」と推定されるようになる。 (平石 充) ※次の更新は9月10日土曜日になります。 ・写真は加工されており、資料的価値ありません。写真としてお楽しみください。 ・本文中のアラビア数字は沖森卓也・佐藤信・矢嶋泉編『風土記』山川出版の行数です。 ・解説は撮影者によるもので、出雲古代史研究会の公式見解ではありません。 ・写真の無断転用はお断りします。
- 出雲国風土記百景(第25景)
【野代の海中】 (2013年9月1日撮影) 今回は意宇郡202に見える野代海中(のしろのわたなか)を取り上げる。 写真はいわゆる嫁が島…まあベタな夕日写真で、正直ほかに撮りようはないのかとも思いますが挙げました。 完全な晴れている日は面白くなく、水平線が晴れていて、松江上空が曇っているような時がおもしろい写真が撮れますが、こればかりはお天気次第。 さて、野代海は『風土記』中に見える唯一の入海(現在の宍道湖・大橋川・中海)の別称で、同じく193に見える野代川の河口付近、と考えられている。 下はこの周辺の地図で、地理院地図に標高別色分けをしたもの。国土地理院地理院地図から簡単に加工できる(スケールやテキストは別)。便利な時代になったものだ。標高10m以下を着色し、青色が低く、茶色が高い。 (地理院地図に加筆) 見てもらうとわかるが、現在忌部川と呼ばれる風土記の野代川の河口はかなり南である。嫁島町・西嫁島町は戦後の埋め立て地で、また浜乃木の旧競馬場跡(トラック状の地割が見える)あたりが低い。 この周辺についての古地形(弥生時代)は別所秀高氏による復元があり(別所2021)、旧競馬場のあたりにラグーンが、またJR山陰本線のあたりに砂州が想定されている。浜乃木周辺には野代川の蛇行原があるが、山陰本線より北側には及ばない。 一方で、嫁が島の北側を見ると、県立美術館や白潟公園の造成地を除いて、白潟本町が高いことがわかる。ここには地表下に白潟砂州が存在し、中世には港湾と町場が形成されていたことが知られている。現在、その突端部で発掘調査が行われており(松江城下町遺跡白潟地区)、中世以前の砂州の様相についての成果が期待される。 『風土記』には、この辺りについては野代海中の記事しかないが、実際の景観は南北ともに白砂青松の海浜で、中央に現在円城寺のある山がそびえ、対岸に蚊島があるという状況が推測できる。意宇郡の西側には同等の砂州は存在せず(玉湯川河口がやや広く、『風土記』141~143にも景観の描写がある)、やはり野代海、というのは特記される景勝地だったのではなかろうか。 現在この辺りは袖師町で、これも昭和に埋立地についた町名だが、中世以降で出雲国と認識される歌枕「袖師浦」の比定地にもなっていく(袖師浦の比定地は東出雲町、意宇川河口にもある)。この辺りは次回に。 参考文献 別所秀高2021「神後田遺跡周辺の古地形復元に向けた予察」『神後田遺跡発掘調査報告書』松江市教育委員会 (平石 充) ※8月20日は出雲古代史研究会大会準備のため休載します。 ※次の更新は8月27日土曜日になります。 ・写真は加工されており、資料的価値ありません。写真としてお楽しみください。 ・本文中のアラビア数字は沖森卓也・佐藤信・矢嶋泉編『風土記』山川出版の行数です。 ・解説は撮影者によるもので、出雲古代史研究会の公式見解ではありません。 ・写真の無断転用はお断りします。
- 出雲国風土記百景(第24景)
【鯉と鮒】 【2021年 2月21日 島根県川本町湯本にて撮影】 今回は『風土記』に鯉がいるのかというお話。写真は残念ながら適当なものがなく、石見の川本町で撮ったもの。また、錦鯉も古代にはいなかったと思うがそこはご容赦を、写真優先のブログなので。 さて、『風土記』には生息する動物の記載があるが、淡水の魚類については原則川や池に記載されており、本ブログが採用する細川家本テキストには、この生物の記載としては「鯉」は存在しない。なぜこう書くかというと、生物の名称ではないが、地名に307島根郡鯉石島がみえるからである。 なお、鮒は多数見え(7か所)、出雲市青木遺跡出土の墨書土器ににも「三鮒」(美談の鮒の意味)がある。 一方、補訂本系写本の、完全なものとしては最古になる岸崎時照の『出雲風土記鈔』には、島根郡法吉坡(つつみ、山川では268にあたる)に「鯉・鮒」が記されている。 これについて岸崎の註(『風土記』本文の後に鈔曰く…として記される)については、髙橋周氏の検討がある。それに導かれながら触れると、まず時照は「鯉は衍字」「異本になし」として、大社の神官、佐草自清(さくさよりきよ)の説を引用する。 自清は、古くは鯉はおらず、堀尾忠氏の時に輸入した鯉がその後の洪水で国内に広まった、との見解を述べる。それについての岸崎の見解は、反語の繰り返しで正直真意を取りづらいが、最後に「何不敢信哉」(なんぞあえてしんぜずや)=岸崎説を信じるべき、と結んでおり、少なくともこの時点では「鯉はいなかった説」だと思う。 ※なお、江戸時代まで出雲に鯉がいなかったということ自体は歴史的な事実とは思えない。『常陸国風土記』には鯉・鮒と併記され、出雲市上長浜貝塚(平安時代)出土の動物遺存体にはコイ・フナ両方が存在する。鯉のあるなしは『風土記』編者の動物認識論になると想定される。 さて、そうすると「鯉」が記されていた写本とは?ということになる。髙橋氏が述べるように、佐草自清が持っていたと思われる写本(現存せず)には、鯉はなかったし、岸崎も衍字(えんじ)=間違いといっている。 では、だれが書き加えたものか、ということが問題になる。次回に続く。 2022年8月25日追記 「だれが書き加えたか」としたが、細川家本・蓬左文庫・日御碕神社本は該当箇所に 「魚鳥」(一文字)があり、細川家本は抹消符を付けている。『鈔』の本文はこの文字を鯉と釈読したことになる。「魚鳥」の前は鳥類の記述であり、この文字は「告鳥」=鵠(ハクチョウ)の誤写の可能性がある。 参考文献 髙橋周2014「出雲国風土記写本二題 ―郷原家本と「自清本」をめぐって―」『古代文化研究』22 ※髙橋の髙はハシゴ高です。 ※2022年8月25日に上長浜貝塚の記述を加えました。 (平石 充) ※次回は7月23日に更新します。 ・写真は加工されており、資料的価値ありません。写真としてお楽しみください。 ・本文中のアラビア数字は沖森卓也・佐藤信・矢嶋泉編『風土記』山川出版の行数です。 ・解説は撮影者によるもので、出雲古代史研究会の公式見解ではありません。 ・写真の無断転用はお断りします。
- 2021年 出雲古代史研究会 大会御礼
本日はご多用のなか、前年をこえる、しかも初めての方からのご参加も多くいただき、誠にありがとうございました。初めてのオンラインでの開催でしたが、みなさまのご協力のもと、大盛況のうちに無事終了することができました。 当初は会場とオンラインのハイブリット開催を予定しておりましたが、直前になって新型コロナの感染急拡大により、会場参加を希望された方にも、やむなくオンラインでの参加をお願いいたしました。 そのほかメール送信がうまくいかないなど行き届かなかった点が多々あり、多大なるご迷惑をおかけして申し訳ございません。ひとえにみな様の温かいお力添えで、今年度の会を終えることができ、厚くお礼申し上げます。 特に、#古代交通研究会(#東京)には研究会という垣根をこえた初の共同広報へ全幅のご理解とお力添えをいただき、深謝するばかりです。関係者の皆さまありがとうございました。 出雲古代史研究会と古代交通研究会は、次のアカウントを開設しています。サイト・ブログのブックマークと、SNSのフォローをお願いできれば幸いです。 出雲古代史研究会 サイト 出雲古代史研究会 Facebookページ(@izumoken) 出雲古代史研究会 Twitterアカウント (@izumoken) 古代交通研究会 サイト 古代交通研究会 Facebookページ(@kodaikotsu ) 古代交通研究会 Twitterアカウント(@kodaikotsu) 今後とも、出雲古代史研究会をなにとぞよろしくお願い申し上げます。 2021年8月22日(日) #出雲古代史研究会 事務局
- 夏季企画展「祈りが込められた副葬品」ほか
ご紹介が遅くなり申し訳ございません。#出雲弥生の森博物館(#島根県出雲市)は、#四隅突出型墳丘墓(西谷墳墓群)を紹介するためにつくられた博物館です。ただ今、次の企画展などをひらいています。マスクや手洗いなど感染予防をとったうえでご覧くださいませ。 →西谷墳墓群について 夏季企画展 祈りが込められた副葬品 期 間:2022年7月23日(土)~10月17日(月)毎週火曜休館 時 間:午前09:00~17:00(入館は16:30まで) 会 場:出雲弥生の森博物館(島根県出雲市大津町2760) →交通アクセスのページ 講演会:2022年9月11日(日)14:00~16:00 加藤 一郎(宮内庁書陵部) 「古墳と神僊思想」 その他:7/23(土)・8/7(日)・9/4(日)・10/1(日)午前10:00~ ギャラリートーク/無料/予約不要 速報展 源代遺跡の発掘調査 ー風土記に記された川の跡ー 期 間:2022年6月1日(水)~9月26日(月)毎週火曜休館 時 間:午前09:00~17:00(入館は16:30まで) 会 場:出雲弥生の森博物館(島根県出雲市大津町2760) →交通アクセスのページ ギャラリー展 いつまでも戦後でありたい2022 旧大社基地の調査速報 期 間:2022年7月6日(水)~10月31日(月)毎週火曜休館 時 間:午前09:00~17:00(入館は16:30まで) 会 場:出雲弥生の森博物館(島根県出雲市大津町2760) →交通アクセスのページ その他:7/17(日)・8/28(日)・9/18(日)・10/16(日)午前10:00~ ギャラリートーク/無料/予約不要
- 2022年度 古代史サマーセミナー
サマーセミナーは研究をとおして交流と親睦をはかる研究会です。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックをうけて、今年度のサマーセミナーもZoomを利用した分科会のみ開催する運びとなりました。 2021年度 古代史サマーセミナー分科会 日 時:2021年8月28日(日)13:00~17:30(12:45より開場) 会 場:オンラインZoom 参 加:無料/事前申し込み[8/25 木まで]/先着100名 その他:終了後、2時間ほどオンライン懇親会をひらきます 問合せ:お申込みなどについて 日本史研究会 古代史部会 nihonshiken.kodai〔★⇒@〕gmail.com 当日の進行などについて 歴史学研究会 日本古代史部会 kodaishibukai〔★⇒@〕yahoo.co.jp スケジュール