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723 results found with an empty search

  • 2023年度 関東・名古屋・関西交流会

    【オンライン】直前のご案内を申し訳ございません。このたび、次のとおり #歴史学研究会(#関東)・ #名古屋古代史研究会(#名古屋)・ #日本史研究会(#関西)の三つの歴史学会がオンラインで交流会ひらくことになりました。ご多用の折かと存じますが、なにとぞご参加くださいませ。 →歴史学研究会について →名古屋古代史研究会について →日本史研究会について 2023年度 関東・名古屋・関西交流会 日 時:2023年5月6日(土)13:00~16:20(開場12:45~) 会 場:オンラインZoom 参 加:無料/事前申し込み[5/4 木まで]/先着順100名 その他:リモート飲み会があります 報 告:① 櫻井  智(日本史研究会・京都大学) 「天皇即位儀における見物行為の成立と儀式空間」 ② 花畑 佳奈(歴史学研究会・國學院大学) 「皇太子の政務儀礼と後見」 ③杉江 綾乃(名古屋古代史研究会・愛知県立大学) 「院政期熊野詣の成立」

  • 古代出雲文化フォーラム9

    【全面オンライン】#島根大学(#島根県松江市)は、人文社会系の学部が減り続けるなか、山陰地域における人文社会知の一大拠点であり、『松江市史』など地域発の知を全世界へ発信するハブでもあります。 →日本歴史学協会 若手研究者問題 島根大学は、毎春の #古代出雲文化フォーラム で人気が高い #古代出雲 の最新情報をお届けしています。昨年の2020(令和2)年度 古代出雲文化フォーラムⅧでは海をこえた豪華版のうえ初めてYouTubeで動画を配信しました。今年の2021(令和3)年度 古代出雲文化フォーラムⅨも、時代をこえたテーマと動画配信も行います。 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染状況によっては、全面オンライン開催やご来場の方を制限することもありえます。予めご理解をたまわりますようなにとぞよろしくお願い申し上げます。 →島根大学2022年2月9日【対面での開催中止】古代出雲文化フォーラムⅨ【3/5開催】の参加申込みについて 古代出雲文化フォーラムⅨ 古代出雲から中世へ ~日本海を動く人とモノ~ 日 時:2022年3月5日(土)13:30~15:45 会 場:①島根大学 松江キャンパス 大学ホール(島根県松江市西川津町1060) [2022/02/09 発表] 対面中止 ②オンライン YouTube 島根大学チャンネル Shimane University →アカウントをご登録するとお知らせが届きます [2022/03/02 発表]当日資料古代出雲文化フォーラムⅨパンフレット 当日資料古代出雲文化フォーラムⅨ資料集 参 加:無料/会場先着150名 申込み:①事前申込み[2022/1/31 月まで] ②FAX :0852-32-6630 島根大学企画広報課 「古代出雲文化フォーラムⅨ」あて ③ハガキ:〒690-8504  島根県松江市西川津町1060 島根大学企画広報課 「古代出雲文化フォーラムⅨ」あて 申込み者住所/氏名/年齢/電話番号/同伴者数 【配信開始】古代出雲文化フォーラムⅨ 古代出雲から中世へ ~日本海を動く人とモノ~ 期 間:2022年4月1日(金)~6月30日(木) その他:アンケートへのご協力をお願いいたします 報 告 吉永 壮志(島根県教育庁文化財課 企画員)「日本海を往来する海商たち」 長谷川博史(島根大学 教育学部 教授)「中世西日本海水運の展開」 守岡 正司(島根県立古代出雲歴史博物館 調整監)「日本海を動いたモノ」 《参 考》 長谷川博史『中世水運と松江-城下町形成の前史を探る-』松江市ふるさと文庫15、2013年1月、松江市歴史まちづくり部史料調査課、税込み880円 角田 徳幸『たたら製鉄の歴史』吉川弘文館、2019年、本体1800円 大日方克己『出雲に来た渤海人-東アジア世界のなかの古代山陰と日本海域-』松江市ふるさと文庫22、2019年3月、松江市歴史まちづくり部史料調査課、税込み880円

  • 「鮨鰒(すしあわび)」が伝える食文化と古代日本史

    とてもおいしく、高級な食材の一つアワビ。今でも世界のあちこちで料理に使われています。アワビはよく神饌として祭祀のお供えものになりました。色々な種類のアワビなかでも特に #隠岐 からとれるアワビが有名でしょう。 このたび、#清武雄二 さんが、10世紀に成立した法令集『延喜式』をもとにアワビの管理とレシピなどからアワビ料理の再現まで行ったアワビづくしの本をだしました。ご出版おめでとうございます。 清武雄二『アワビと古代国家』平凡社ブックレット、2021年、本体1000円 そして年明けの2月21日(月)の夜に、アワビ料理の一つアワビのなれ鮨=「鮨鰒(すしあわび)」のお話をします。古代の人びとがどのような食事をとっていたのかお聞きしてみませんか? 大手町アカデミア 「鮨鰒(すしあわび)」が伝える食文化と古代日本史 ~平安時代の行政マニュアル『延喜式』を読み解く 日 時:2022年2月21日(月)18:00~19:45 会 場:オンラインYouTubeライブ配信 参 加:無料/事前申し込み[2022/2/17 木まで]/先着100名 《参 考》 三舟隆之(出雲古代史研究会の会員です)/馬場基 編『古代の食を再現する』吉川弘文館、2021年、本体3200円 吉野秋二『古代の食生活』吉川弘文館、2020年、本体1700円

  • たたらの実像をさぐる

    映画「もののけ姫」にも登場する #たたら製鉄 。 中国地方はたたら製鉄の一大産地でした。このたび次のようなたたら製鉄の一般むけの本がでます。 #角田徳幸 『たたら製鉄の実像をさぐる 山陰の製鉄遺跡』 (新泉社、2022年8月20日、本体1700円) 実際にはどのようにして鉄をつくっていたのでしょうか?第一線の研究者がたたら製鉄の実態に迫ります。 《参 考》 角田徳幸『たたら製鉄の歴史』吉川弘文館、2019年、本体1800円 角田徳幸『たたら吹製鉄の成立と展開』清文堂出版、2014年、本体9500円

  • 古代出雲文化フォーラム10

    【対面】#島根大学(#島根県松江市)は、人文社会系の学部が減り続けるなか、山陰地域における人文社会知の一大拠点であり、『松江市史』など地域発の知を全世界へ発信するハブでもあります。 →日本歴史学協会 若手研究者問題 島根大学は、毎春の #古代出雲文化フォーラム で人気が高い #古代出雲 の最新情報をお届けしています。一昨年より地域や時代をこえたテーマでしたが、今年は「古代出雲と相撲・埴輪・儀礼」と野見宿禰の伝承をふまえたテーマとなりました。 年度末のご多用の折かと存じますが、ふるってご参加くださいませ。 古代出雲文化フォーラムⅩ ~古代出雲と相撲・埴輪・儀礼~ 日 時:2023年3月4日(土)13:00~16:00/開場12:00 会 場:オービックホール(大阪府大阪市中央区平野町4-2-3) →交通アクセスのページ 参 加:無料/事前申込み[2023/1/31 火まで]/会場先着300名 申込み:①申込みフォーム ②FAX :0852-32-6630 島根大学企画広報課 「古代出雲文化フォーラムⅩ」あて ③ハガキ:〒690-8504  島根県松江市西川津町1060 島根大学企画広報課 「古代出雲文化フォーラムⅩ」あて 申込み者住所/氏名/年齢/電話番号/同伴者数 《参 考》 大日方克己『古代国家と年中行事』講談社学術文庫、2008年、本体1100円

  • 新刊『たたらの実像をさぐる』出版記念シンポジウムなど

    このたび、#たたら製鉄 についてコンパクトにまとめられた本がだされました。ご出版おめでとうございます。 #角田徳幸 『たたら製鉄の実像をさぐる 山陰の製鉄遺跡』 (新泉社、2022年8月20日、本体1700円) 《参 考》 角田徳幸『たたら製鉄の歴史』吉川弘文館、2019年、本体1800円 角田徳幸『たたら吹製鉄の成立と展開』清文堂出版、2014年、本体9500円 このご出版にあわせて、伯耆国たたら顕彰会は、次のシンポジウムと現地見学会をひらくことにしました。ご多用の折かと存じますが、ご都合がつきそうな方はなにとぞよろしくお願いいたします。 出版記念シンポジウム 日 時:2022年9月17日(土)13:30~16:10 場 所:日南町総合文化センター 2階多目的ホール(鳥取県日野郡日南町霞785) →交通アクセスのページ 参 加:無料/事前申込み不要 都合山現地見学会 日 時:2022年9月18日(日)09:30~11:30 場 所:09:30 日野町畑に集合 参 加:500円/事前申込み

  • 募集)島根県職員-2023年度

    島根県が、令和5年度(2023年度)の職員募集を次のとおり行います。令和5年度(2023年度)より紙の申込みを廃止しました。皆さまからのふるってのご応募をお待ち申し上げます。 島根県 > 県政・統計 > 職員募集 > 職員採用 > 職員採用情報(人事委員会事務局) > 受験案内のダウンロード (5/19 金 17時まで)令和5年度 島根県職員(学芸員)採用選考試験 (5/19 金 17時まで)令和5年度 島根県職員(文化財研究員)採用選考試験

  • 日本史研究会 古代史部会 2023-05

    #日本史研究会(#京都)は、日本最大手の学会の一つです。このたび次のとおり第1回 大会共同研究報告準備会をひらくことになりました。ご多用の折かと存じますが、ぜひご参加くださいませ。 →日本史研究会について →会誌『日本史研究』 日本史研究会 古代史部会 第1回 大会共同研究報告準備会 日 時:2023年5月8日(月)18:30~21:00 報 告:大艸 啓 「平安京と寺院建立」 参 加:無料/事前申込み[5/7 日 正午まで]

  • 古代出雲国に移配されたエミシ 第6回

    委員 武廣亮平 このコラムも早いもので今回で6回目となります。そろそろネタも尽きてきましたが、もう一つ紹介しておきたいのが、出雲国で起きた移配エミシ(俘囚)の反乱が及ぼした影響についてです。 前回述べてきたように、出雲国の「俘囚」反乱に関する記事は弘仁5年(814)に見られますが、その内容は反乱の論功行賞や被害を受けた者に対する救済措置であることから、反乱が起きたのは弘仁4年(813)の暮れから弘仁5年(815)初頭にかけてと考えられます。この点を念頭にまず次の史料に注目してみます(これも漢文のものを現代語訳しました)。 『類聚国史』弘仁4年(813)11月21日条 (嵯峨天皇が)勅して言うには、夷俘の性格は平民と異なっており、朝化(朝廷の教え)に従うといいながら、未だに野心(野蛮な心)を忘れていない。そこで諸国の国司に勤めて教喩(教え諭すこと)を行うように命じた。しかし国司は朝廷の趣旨に反して、夷俘を存恤(慰問救済)することをせず、彼ら(夷俘)が申すところも日を経ても処理しないため、夷俘は愁いや怨みを募らせ、遂には叛逆するに到る。そこで播磨介従五位上藤原朝臣藤成、備前介従五位下高階眞人眞仲、備中守従五位上大中臣朝臣智治麻呂、筑前介正六位上栄井王、筑後守従五位下弟村王、肥前介正六位上紀朝臣三中、肥後守従五位上大枝朝臣永山、豊前介従五位下賀茂懸主立長等に対し、手厚く教喩を加えて、彼らが申す事について、早く処分することを命じる。問題が重大であり、簡単に決することができない場合は、政府に言上して裁定を聴くように。もし撫慰(いつくしみなぐさめ)をせず、夷俘が叛逆したり入京越訴を行った場合は、専当の人(夷俘の教諭に専属的にあたる国司)らを、その罪状に准じて断罪せよ。但しこの政策によって百姓への対応を後回しにしてはならない。 この史料は移配先においても「野心」を改めず、さまざまな問題を引き起こす夷俘に対して、国司の「教喩」の徹底を命じたものです。続いてその対象となっている国々と国司の氏名が挙げられており、例えば「播磨介従五位上藤原朝臣藤成」は、播磨国(兵庫県南部)の介(国司の次官)で従五位の位階である藤原朝臣藤成という人物ということになります。 以下の国をみると備前・備中国(岡山県)、筑前・筑後国(福岡県)、肥前国(佐賀・長崎県)、肥後国(熊本県)、豊前国(大分県北部)となっており、特に九州地域が多いことがわかります。また国司の責任者は守(長官)の場合もありますが、介が任じられるケースの方が多いようです。 もう一つ重要なのは、この史料が播磨国など多くの国々の夷俘(移配エミシ)が「叛逆」や「入京越訴」といった行動に出ることを危惧していることです。まず「叛逆」ですが、出雲国の移配エミシの反乱が、弘仁4年(813)の暮から5年(814)初頭にかけて発生したのだとすれば、この史料と時期的に重なるという点は注目したいと思います。 推測になりますが、ここで紹介した『類聚国史』弘仁4年(813)11月21日条は、出雲国で発生した俘囚の乱をうけて、出雲国と同じように多くの移配エミシが居住する諸国に対して出されたものとみることもできます。だとすれば「叛逆」とはまさに出雲国の移配エミシ(俘囚)の乱を示すということになります。 出雲国で起きた反乱は、延暦年間から政府が行ってきた大規模なエミシ移配政策の問題が表面化したものであることは明らかであり、さらにそれはエミシが移配された他の国々でも起こりうる深刻な課題として受け止められたのではないでしょうか。エミシ移配国の守または介を「夷俘専当」とする政策は、移配政策を進めてきた政府の危機感の表れでもあります。 次に「入京越訴」ですが、こちらは京(平安京)に入って訴えを起こすこと、つまり政府に対して自分たちの訴えや要求を直接伝える行為だと考えられます。実際に「入京越訴」があったことを記す史料を紹介します。 『類聚国史』弘仁7年(816)8月1日条 (嵯峨天皇が)勅して言うには、夷俘の性格は平民と異なっており、皇化(天皇の教え)に従うといいながら、なお野心を存している。そこで先に諸国に仰せて(夷俘を)教喩させた。ところが因幡・伯耆両国の俘囚らは。感情に任せて京に入り、小事(重要ではない事柄)について越訴を行っている。これはまさに国司が撫慰の方法を誤り、その理に反する判断が致すところである。これより以降は手厚く訓導(教え導く)をせよ。もし越訴のようなことがあれば、専当の国司をその状況に応じて罪科に処せ。 こちらはエミシの問題行為が移配された国での反乱ではなく、京での越訴という形で行われているところに特徴があります。出雲国の移配エミシの反乱から約3年後のものですが、注目されるのは入京して越訴に及んでいるのが、因幡・伯耆国(鳥取県)の移配エミシ(俘囚)であるという点です。 因幡国、伯耆国も出雲国と同じく山陰道の国であり、特に伯耆国は出雲国のすぐ東に隣接していることから、出雲国におけるエミシの反乱に何らかの影響をうけた彼らが、新たな手段で国家に対し自分達の生活の保障などを要求したものと見ることもできそうです。 出雲国の移配エミシに関する最後の記録は『日本三代実録』貞観元年(859)8月25日条に見られます。出雲国俘囚の「吉弥侯部黄海」を従六位上から従五位下に叙すというものであり、その位階からしても出雲国内で有力な地位にある人物と思われます。 ただ一方で「俘囚」という差別的な身分が残っているという点も注意したいところです。延暦17年(798)に初めて出雲国に移配エミシが確認されてからすでに60年が経ちますが、彼らはまだ「俘囚」や「夷俘」という特殊な集団とみなされていたことがわかります。 →4月15日(土)に続きます

  • 古代出雲国に移配されたエミシ 第7回

    委員 武廣亮平 出雲国における移配エミシの反乱のその後を追っていきたいと思います。『類聚国史』弘仁9年(818)正月30日条に「使を遣わして出雲国の賊の焼く官物を検じ、兼ねて百姓に賑給せしむ。」とあり「賊」(俘囚)の乱がその後数年にわたって「官物」(国や郡などの役所で管理する物品)の欠損という影響を及ぼしていたことが見て取れます。 ただその後移配エミシに関する記録は見られなくなり、貞観元年(859)に出雲国の俘囚である「吉弥候黄海」に従五位下の位を授けるという記事が最後になります。では移配されたエミシの人々は公民(百姓)として出雲国に定着したのかというと、これもそう単純な問題ではなかったようです。 延長5年(927)に完成した『延喜式』の主税式には、全国に移配された俘囚の生活を支える財源である「俘囚料」が計上されていたことが確認され、出雲国は「一万三千束」が俘囚料に充てられています。具体的にいつ頃までかははっきりしませんが、出雲国の移配エミシに対するさまざまな政策は9世紀を通して行われていたと思われます。それは見方を変えれば、彼らが依然として「夷俘」や「俘囚」という差別的な身分として扱われてきたことを示しているのではないでしょうか。 今回の計7回にわたる出雲国の移配エミシの話を簡単に整理してまとめに代えます。出雲国の移配エミシに関する史料は、出雲国司石川朝臣清主の移配エミシ政策を記したものと、俘囚の反乱に関するものに大別されます。 清主の対工ミシ政策は、当時の内国におけるエミシの処遇を具体的に示す貴重な事例であるのと同時に、それが実質的には陸奥、出羽国司の職掌である饗給(撫慰)と同じ内容を持つことが確認されます。ただし出雲国の事例が特記されているのは、国司である石川清主のエミシ政策が当時の通常の規定を逸脱したものであったからであり、その背景には清主自身の独自の政治観念が存在する可能性も指摘しました。 一方俘囚の反乱については、特に反乱の鎮圧に同じエミシ(夷=蝦夷)である遠膽澤公母志が関与しているという点に注目し、そこから移配エミシの中でも「夷(蝦夷)」と「俘囚」とでは、移配先における生活環境などについても差がある可能性を述べました。これらの理解は、あくまでも出雲国というある一地域の例から導き出されたものでありますが、実は全国的に見ても移配エミシに関する史料は限られており、これが8世紀末から9世紀初頭にかけての大規模なエミシ移配政策の実態を解明する上でも重要なものであることは間違いないと思います。 最後に今回の話も含めた古代のエミシに関する文献(書籍・論文)を紹介します。エミシをテーマとした文献は非常に多く、中世の「エゾ」との関係や(実はエゾも漢字では「蝦夷」と表記されます。エミシとの違いについて説明するとさらにあと5回ほど話をしなければならないのでご容赦ください…)、アイヌ民族との繋がりなどに言及したものも含めると、その数は膨大なものになります。 ただその中には筆者の独善的な説に基づくものや、文献史料の解釈に問題があるものも少なからず認められ、タイトルに「蝦夷(エミシ)」とあれば何でも良いというわけでもありません。ここでは私の専攻分野である文献史学の古代史を中心に、このコラムに関連する文献(単行本・論文)を紹介します。 <古代のエミシ全般に関する単行本> 1,工藤雅樹『古代蝦夷』(吉川弘文館、2000年) エミシに関する研究の歴史や、アイヌ民族との関係についての研究動向がまとめられている有益な文献です。 2,熊谷公男『蝦夷の地と古代国家』(山川出版社、2004年) 熊谷氏のエミシ・古代東北史研究は多岐にわたりますが、その中からエミシとはどのような人々かという問題を簡潔に述べたこの本を紹介します。 3,鈴木拓也『蝦夷と東北戦争』(吉川弘文館、2008年) 奈良時代(8世紀前半)から平安時代初期(9世紀前半)にかけての古代国家(律令国家)とエミシ社会との関係を、「征夷」という軍事行動を中心にまとめたものです。 4,樋口知志『阿弖流為』(ミネルヴァ書房、2013年) 阿弖流為(アテルイ)というタイトルからもわかるように、エミシ社会の観点からの古代国家との関係を論じた意欲的な著作です。上記の鈴木氏の本と読み比べると両者の関係についての理解がさらに深まると思います。 5,八木光則『古代蝦夷社会の成立』(同成社、2010年) 考古学の立場からのエミシ研究も枚挙に暇がありませんが、その中からこの本をあげたいと思います。北海道、東北地域のさまざまな考古学的素材から、古代エミシ社会の成立を見通しています。 <移配エミシ全般を扱った論文> 1,関口 明「八、九世紀における移配蝦夷の支配」 (『古代東北の蝦夷と北海道』吉川弘文館、2003年) 2,熊谷公男「蝦夷移配策の変質とその意義」 (『九世紀の蝦夷社会』高志書院、2007年) 3,武廣亮平「エミシの移配と律令国家」 (『古代国家と東国社会』高科書店、1994年) <出雲国の移配エミシに関する論文> 1,大日方克己「弘仁期の出雲とエミシ」 (『古代山陰と東アジア』(同成社、2022年) 国府財政への影響といった視点も含めて出雲国の移配エミシを論じています。なお『古代山陰と東アジア』は古代の山陰地域と東アジアとの関係を包括的に論じた最初の研究成果であり、このたび高麗日本浪漫学会 高麗澄雄記念「第5回渡来文化大賞」を受賞しました。 2,鈴木拓也「蝦夷の入京越訴」 (前掲『九世紀の蝦夷社会』高志書院、2007年) 出雲国の移配エミシの反乱とも関連する俘囚の「入京越訴」に注目した興味深い論文です。 3,武廣亮平「古代出雲国の移配エミシとその反乱」 (『出雲古代史研究』7・8号、1998年、同「古代のエミシ移配政策と出雲国の移配エミシ」(『歴史評論』802号、2017年) このコラムのもとになっている論文です。 →5月15日(月)に続きます

  • 大阪歴史学会 例会 2023-01

    #大阪歴史学会(#大阪)は、日本最大手の学会の一つです。このたび次のとおり例会をひらくことになりました。ご多用の折かと存じますが、ご都合がつきそうな方はご参加をなにとぞよろしくお願いいたします。 →大阪歴史学会について →会誌『ヒストリア』 大阪歴史学会 日本古代史部会(続日本紀研究) 1月例会 日 時:2023年1月20日(金)18:30~21:00 参 加:無料/事前申込み[1/19 木まで] 報 告:村上 菜菜 「日本古代の国郡行政と村落社会」

  • 大阪歴史学会 例会 2023-02

    #大阪歴史学会(#大阪)は、日本最大手の学会の一つです。このたび次のとおり例会をひらくことになりました。ご多用の折かと存じますが、ご都合がつきそうな方はご参加をなにとぞよろしくお願いいたします。 →大阪歴史学会について →会誌『ヒストリア』 大阪歴史学会 日本古代史部会(続日本紀研究) 2月例会 日 時:2023年2月17日(金)18:30~21:00 参 加:無料/事前申込み[2/16 木まで] 報 告:上村 正裕 「仮)宇多源氏の親族秩序-仁和寺宝蔵管理をめぐる諸問題-」 日 時:2023年2月24日(金)18:30~21:00 参 加:無料/事前申込み[2/23 木まで] 報 告:増成 一倫 「八世紀後半~九世紀前半における公廨稲制度の展開過程について -補填機能と得分機能の関係に着目して-」

  • 大阪歴史学会 例会 2023-03

    #大阪歴史学会(#大阪)は、日本最大手の学会の一つです。このたび次のとおり例会をひらくことになりました。ご多用の折かと存じますが、ご都合がつきそうな方はご参加をなにとぞよろしくお願いいたします。 →大阪歴史学会について →会誌『ヒストリア』 大阪歴史学会 日本古代史部会(続日本紀研究) 3月例会 日 時:2023年3月17日(金)18:30~21:00→4月21日(金)変更 参 加:無料/事前申込み[4/20 木まで] 報 告:村上 菜菜 「日本古代の国郡行政と村落社会」

  • 大阪歴史学会 例会 2023-04

    #大阪歴史学会(#大阪)は、日本最大手の学会の一つです。このたび次のとおり例会をひらくことになりました。ご多用の折かと存じますが、ご都合がつきそうな方はご参加をなにとぞよろしくお願いいたします。 →大阪歴史学会について →会誌『ヒストリア』 大阪歴史学会 日本古代史部会(続日本紀研究) 4月例会 日 時:2023年4月21日(金)18:30~21:00 参 加:無料/事前申込み[4/20 木まで] 報 告:村上 菜菜 「日本古代の国郡行政と村落社会」

  • 出雲国風土記百景(第28景のつづき3)

    【塩栯島 しおたてじま】 (2022年11月6日撮影) 10月下旬からぐっと朝晩の冷え込みがきつくなってきた。11月6日は霧の朝となったの で、早速朝酌に撮影に。大橋川にある塩楯島を撮影してきた。 この島は細川家本では「塩栯島」だが、現在は塩楯島で、こちらの表記で見たことのある人も多いだろう。山川『風土記』以前では塩楯島が用いられてきた。ただし、栯には「たて」の訓があるので(山川は「しおすき」と訓じる)、読みは同じ「しおたてじま」と理解している。 この島は川の中にある島で、最初島根県にJRで赴任した時に、松江に入る前の車窓からみて、こんな島があるんだと、感動した記憶がある。 さて、この島のある朝酌促戸は美保湾・中海と宍道湖・大社湾の分水嶺に当たる箇所で、宍道湖が閉鎖的な環境になり、美保湾・中海側からが海水が流入する段階でもネックになっており、塩栯の名称はまさにそのこと(海水の遡上を妨げる)に由来するとみられる(高安2000)。 現在は1930年代の工事(汽船を松江に入れるため)によって、この島の北側の水路が掘り下げられ水深4.5mほどとなっているが、これには岩盤を掘り下げた結果であり、これにより現代の宍道湖川の汽水化が進みシジミが繁殖するようになった。 八雲立つ風土記の丘の出雲国府復元模型では、この辺りが北端となるが、もう少し浅く、岩盤が見える(おそらく水深3mより浅かったとみられる)で表現するべきであった。 【 【2022年10月23日撮影】 さて、島の上には現在手間天神社が鎮座しており、『雲陽誌』では、この付近に歌枕手間剗(てまのせき)があったと考えられるようになっている(本来は伯耆-出雲国堺にある)。 手間の地名がいつ頃ついたかは要検討で、中世歌学書などにみえるスサノオの「手摩島」の神話と併せて考える必要がある。 『風土記』では安来市飯島町の羽島の次がこの塩栯島で、その間に島はないことになっている。安来平野については前回記したとおりだが、意宇川河口ぶはどうであろうか。 まず一つは②現在の八幡町浜分である。この部分は微高地(地名通り砂浜)を形成しており、意宇川の河口があったことを推測させる。もう一つが③亀井塚と呼ばれる高まりである。 【亀井塚 旧出雲街道より 2022年11月16日撮影 南側にヤマダ電機があり、これを入れずに撮るのがコツ】 現在、頂部には尼子毛利合戦で戦死した亀井秀綱の墓がある。塚状を呈しているが、地図を見ると旧出雲街道(旧9号線)沿いが連続する微高地となっており、意宇川河口部に形成された砂丘の残り丘陵である可能性があるだろう。この辺りは、市向に流れる意宇川旧流路があったとの説も併せて検討する必要がありそうだ。 意宇郡の島については、一応今回で終了とし、次回からはつぎなる百景に移行したい。 (平石 充) 参考文献 高安克己2000「大橋川・中海・宍道湖の自然史」『出雲国風土記の研究Ⅱ 島根郡朝酌郷調査報告書』島根県教育委員会 (次回は12月3日に更新予定です)

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