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古代出雲国に移配されたエミシ 第7回



                   委員 武廣亮平




出雲国における移配エミシの反乱のその後を追っていきたいと思います。『類聚国史』弘仁9年(818)正月30日条に「使を遣わして出雲国の賊の焼く官物を検じ、兼ねて百姓に賑給せしむ。」とあり「賊」(俘囚)の乱がその後数年にわたって「官物」(国や郡などの役所で管理する物品)の欠損という影響を及ぼしていたことが見て取れます。


ただその後移配エミシに関する記録は見られなくなり、貞観元年(859)に出雲国の俘囚である「吉弥候黄海」に従五位下の位を授けるという記事が最後になります。では移配されたエミシの人々は公民(百姓)として出雲国に定着したのかというと、これもそう単純な問題ではなかったようです。


延長5年(927)に完成した『延喜式』の主税式には、全国に移配された俘囚の生活を支える財源である「俘囚料」が計上されていたことが確認され、出雲国は「一万三千束」が俘囚料に充てられています。具体的にいつ頃までかははっきりしませんが、出雲国の移配エミシに対するさまざまな政策は9世紀を通して行われていたと思われます。それは見方を変えれば、彼らが依然として「夷俘」や「俘囚」という差別的な身分として扱われてきたことを示しているのではないでしょうか。



 


今回の計7回にわたる出雲国の移配エミシの話を簡単に整理してまとめに代えます。出雲国の移配エミシに関する史料は、出雲国司石川朝臣清主の移配エミシ政策を記したものと、俘囚の反乱に関するものに大別されます。


清主の対工ミシ政策は、当時の内国におけるエミシの処遇を具体的に示す貴重な事例であるのと同時に、それが実質的には陸奥、出羽国司の職掌である饗給(撫慰)と同じ内容を持つことが確認されます。ただし出雲国の事例が特記されているのは、国司である石川清主のエミシ政策が当時の通常の規定を逸脱したものであったからであり、その背景には清主自身の独自の政治観念が存在する可能性も指摘しました。


一方俘囚の反乱については、特に反乱の鎮圧に同じエミシ(夷=蝦夷)である遠膽澤公母志が関与しているという点に注目し、そこから移配エミシの中でも「夷(蝦夷)」と「俘囚」とでは、移配先における生活環境などについても差がある可能性を述べました。これらの理解は、あくまでも出雲国というある一地域の例から導き出されたものでありますが、実は全国的に見ても移配エミシに関する史料は限られており、これが8世紀末から9世紀初頭にかけての大規模なエミシ移配政策の実態を解明する上でも重要なものであることは間違いないと思います。



 


最後に今回の話も含めた古代のエミシに関する文献(書籍・論文)を紹介します。エミシをテーマとした文献は非常に多く、中世の「エゾ」との関係や(実はエゾも漢字では「蝦夷」と表記されます。エミシとの違いについて説明するとさらにあと5回ほど話をしなければならないのでご容赦ください…)、アイヌ民族との繋がりなどに言及したものも含めると、その数は膨大なものになります。


ただその中には筆者の独善的な説に基づくものや、文献史料の解釈に問題があるものも少なからず認められ、タイトルに「蝦夷(エミシ)」とあれば何でも良いというわけでもありません。ここでは私の専攻分野である文献史学の古代史を中心に、このコラムに関連する文献(単行本・論文)を紹介します。



<古代のエミシ全般に関する単行本>

1,工藤雅樹古代蝦夷』(吉川弘文館、2000年)

エミシに関する研究の歴史や、アイヌ民族との関係についての研究動向がまとめられている有益な文献です。


熊谷氏のエミシ・古代東北史研究は多岐にわたりますが、その中からエミシとはどのような人々かという問題を簡潔に述べたこの本を紹介します。


奈良時代(8世紀前半)から平安時代初期(9世紀前半)にかけての古代国家(律令国家)とエミシ社会との関係を、「征夷」という軍事行動を中心にまとめたものです。


阿弖流為(アテルイ)というタイトルからもわかるように、エミシ社会の観点からの古代国家との関係を論じた意欲的な著作です。上記の鈴木氏の本と読み比べると両者の関係についての理解がさらに深まると思います。


5,八木光則『古代蝦夷社会の成立』(同成社、2010年)

考古学の立場からのエミシ研究も枚挙に暇がありませんが、その中からこの本をあげたいと思います。北海道、東北地域のさまざまな考古学的素材から、古代エミシ社会の成立を見通しています。



<移配エミシ全般を扱った論文>

1,関口 明「八、九世紀における移配蝦夷の支配」


2,熊谷公男「蝦夷移配策の変質とその意義」


3,武廣亮平「エミシの移配と律令国家」

(『古代国家と東国社会』高科書店、1994年)



<出雲国の移配エミシに関する論文>

1,大日方克己「弘仁期の出雲とエミシ」

(『古代山陰と東アジア』(同成社、2022年)

国府財政への影響といった視点も含めて出雲国の移配エミシを論じています。なお『古代山陰と東アジア』は古代の山陰地域と東アジアとの関係を包括的に論じた最初の研究成果であり、このたび高麗日本浪漫学会 高麗澄雄記念「第5回渡来文化大賞」を受賞しました。


2,鈴木拓也「蝦夷の入京越訴」

(前掲『九世紀の蝦夷社会高志書院、2007年)

出雲国の移配エミシの反乱とも関連する俘囚の「入京越訴」に注目した興味深い論文です。


3,武廣亮平「古代出雲国の移配エミシとその反乱」

(『出雲古代史研究』7・8号、1998年、同「古代のエミシ移配政策と出雲国の移配エミシ」(『歴史評論』802号、2017年)

このコラムのもとになっている論文です。


→5月15日(月)に続きます




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