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日本海地域と渤海使 第5回番外編

更新日:9月18日



                   委員 吉永壮志



最後に番外編として、『源氏物語』の作者として有名な紫式部(むらさきしきぶ)が主人公のNHK大河ドラマ「光る君へ」でも描かれた日本海地域と中国の宋人について、お話したいと思います。



 


当コラムの第1回でも少し触れたように、紫式部の父である藤原為時(ふじわらのためとき)は長元2年(996)に越前守に任じられました。その前年には宋商の朱仁聡(しゅじんそう)らが若狭に来着し、その後に越前に移っており、学者で漢詩にも長けた為時が守として対応にあたったと考えられます。



『今鏡』巻9むかしがたり(からうた)には、為時を越前守に任じたのは「こまふど」(高麗人)と漢詩のやりとりをさせたいという「みかど」(一条天皇)の「御こころ」によるとあり、「国を去ること三年、孤館の月、帰程の万里、方帆の風」、「画鼓雷奔して、天雨降らず、彩旗雲そびえて、地風なす」という詩が贈答されたようです。



『今鏡』はあくまで歴史物語であるため、史実かどうか見極める必要はありますが、『本朝麗藻』(ほんちょうれいそう)下、贈答に為時が宋人に贈った漢詩(「覲謁の後、詩を以って大宋客の羌世昌に贈る 藤為時」)が収められており、先の『今鏡』の詩と同じ表現が確認できるため、『今鏡』の話も史実として問題ないと思われます。



 


それでは、為時はどこで宋人と漢詩をやりとりしたのでしょうか。それは、当コラムで越前における渤海使(ぼっかいし)の滞在先として述べてきた、敦賀湾近くの松原客館周辺であったのではないでしょうか。先に述べた『本朝麗藻』下、贈答の「覲謁の後、詩を以って大宋客の羌世昌に贈る 藤為時」には「賓礼還慙水館中」とあり、為時と宋人の漢詩のやりとりは「水館」で行われたことをうかがわせます。



また、宋商の朱仁聡は永延元年(987)にも越前にやって来て、その際、「敦賀津」で源信と会っており(『続本朝往生伝』(ぞくほんちょうおうじょうでん)15沙門寛印)、これも松原客館のある敦賀が宋人の滞在先であったことを示唆します。



さらに、時代は下るものの、元永2年(1119)頃のものとされる書状(東寺観智院旧蔵本『東大和尚東征伝』(とうだいわじょうとうせいでん)紙背文書)に「敦賀唐人」という語句がみえるのも、やはり敦賀が宋人の滞在地であったことを物語っています。そもそも、宋人は商人として貿易目的で日本にやって来ており、その相手先は主に京に暮らす皇族や貴族でした。そのため、少しでも京に近いところに滞在したかったのではないでしょうか。



 


以上、為時は越前国府ではなく、外国使節の滞在先であった敦賀の松原客館で宋人の対応にあたったと考えられることをお話してきました。その際、父為時とともに越前に下っていた紫式部が実際に宋人と交流したのかは記録が残っておらず、残念ながら不明としかいいようがありません。



ただ、例えば、任国に下る国守の国務運営マニュアルともいわれる『朝野群載』巻22「国務条事」35条の記載から国守の妻に取り入る者の存在がうかがえるように、国守とともに下った女性たちが国内支配に一定の影響力をもっていたことを考慮すると、為時と宋人との交流の様子を紫式部は知ることができたのではないかと思います。最後はあくまで個人的な感想にすぎませんが、当コラムをお読みの皆さんはどのように思われるでしょうか。


5回にわたって「日本海地域と渤海使」についてお話してきました。当テーマに関する著書や論文は多くありますが、以下に一般むけの書籍や私自身が執筆した関係論文等を掲載しますので、参考にしていただければと思います。(了)



《参 考》


「失われたる王国」ともいわれる渤海について、わかりやすく説明した書。渤海に関する参考文献も最後に挙げられており、より深く渤海を知ろうとする場合の手引きにもなります。


松江市域の歴史をわかりやすく紹介する「松江市ふるさと文庫」の一つ。出雲にやって来た渤海使について丁寧に説明しており、8世紀から10世紀はじめにかけての東アジア世界の動向と山陰の関係を知ることができます。



今回のコラムで触れた渤海使や松原客館、能登客院について述べています。論文のため、やや内容が難しいかもしれませんが、興味関心があるようでしたら一読いただければ幸いです。


  • 吉永壮志「古代出雲の水上交通-日本海地域という視点から読み解く-」(島根県古代文化センター編『古代出雲ゼミナール』6、島根県・島根県教育委員会、2020年)

先に挙げた拙稿のうち、「古代西日本海地域の水上交通-若狭と出雲を中心に-」をもとに平成30年度島根県古代文化講座(会場:日比谷コンベンションホール)で話した内容を記した講演録。一般の方むけの講座で話した内容で、拙稿よりは平易な文章ですので、こちらも興味がありましたら一読いただければと思います。



なお、番外編に関しては、下記の自治体史や論文も参考にしていますので、より詳しくお知りになりたい場合は、是非一読ください。




※今まで吉永壮志の「日本海地域と渤海使」をご覧くださり、誠にありがとうございました。




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