委員 佐藤雄一
前回のブログ記事で紹介された『新視点 出雲古代史』(平凡社、2024年1月)ですが、おかげさまで初動はまずまずの売れ行きのようです。今回は、本書の企画・編集に携わった一人として、刊行に至る経緯と本書の狙いについて、簡単ではありますがご紹介させていただきます。
いま、手許にある過去の資料を振り返ってみると、第1回の企画会議は2017年11月に行われています。本書「あとがき」をご覧になった方には、2021年度からの企画なのではないかと思われるでしょうが、実際には足掛け7年に及ぶものであったのです。当初は2024年3月刊行の予定でしたから、思いのほか順調な(しかも前倒しの)スケジュールで刊行までこぎつけることができました。様々な方に寄稿していただくこの手の書籍としては、珍しいことなのかもしれません(もちろん、過程では紆余曲折ありましたが)。
そこから、関東在住の文献史学研究者を中心に3~6か月に一回程度の頻度で集まり、目次案などを検討してきました。当初は①『出雲国風土記』を中心とした地域社会論、②交通と地域間交流、③神話・伝承や祭祀・信仰、といったテーマがあがっていました。
しかし、せっかく出雲をフィールドとするならば、文献史学と考古学との両方の成果を取り込む形にした方がより良いものになるのではないかという考えが、我々の中で検討を重ねるうちに強まってきました。それというのも、古代出雲をフィールドとした研究は、これまで文献史学のみならず考古学でも大きな成果を上げてきたからです。
特に、島根県では考古学・文献史学の両面にわたる学際的な研究事業を積極的に進められています。そこで、出雲古代史研究会のメンバーなど島根県の研究者にも参画してもらい、出雲側の代表編者として松本岩雄氏をお迎えすることとなったのです。それが2021年4月のことであり、以降、本書刊行に向けた動きが本格的に始まり、加速していきます。
本格的な企画始動に伴い、本書刊行の意義と目的について、以下の2点を確認しました。
文献史学・考古学の研究者が古代出雲に関する最新の研究成果をテーマごとに解説することで、現在の研究の到達点を示すとともに、これからの可能性を提示する。
専門家だけでなく一般の方にも理解できるよう平易な記述をすることで、古代出雲研究の「初めの一冊」となることを目指す。
2024年2月現在、紫式部を主人公とした大河ドラマが放送され、関連書籍が書店を賑わしています。また、テレビや雑誌などのメディアでは「歴女」といった言葉が躍るようになって久しいです。カルチャーセンターや市民講座では歴史にかかわる講座が数多く開かれており、多くの人が参加しています。一見すると、歴史研究を取り巻く環境は明るいようにも見受けられます。
しかし、次代を担う若い世代を取り巻く研究状況は決して明るくはなく、歴史学(特に日本古代史)を専攻する大学院生は目に見えて減ってきています。現在の日本社会は高齢化対策が大きな課題になっていますが、それは研究の場においても同様で、高齢化・先細りの危機に直面しているのが現状です。
そのような危機感のもと、これからの古代出雲研究を担う若手に「まずこの本を読んでおけば、現在の研究状況がつかめる」と思ってもらえ、研究の動機になるような一冊にしようという想いから、本書は企画されました。もちろん、研究者ではない一般の方にも分かり易い内容でなければならないということは言うまでもありません。
また、古代出雲について想起されるものとしては、「神話」「青銅器」などが一般的であるのではないでしょうか。本書においては、国譲り神話やスサノオといった神々のことについても取り上げていますが、交通や交流、出土文字資料など近年研究が進んでいる分野に関しても積極的に取り上げました。時代的にも、弥生時代から平安時代まで幅広く扱っています。
編者でもない私がいうのも憚られることではありますが、これまでの古代出雲に関する研究をコンパクトにまとめながら、新たな研究の視座も提示したい。書名にある「新視点」という言葉には、そのような想いが込められています。
古代出雲研究の「今」と「未来」がギュッと詰められた本書をご味読いただけたら幸いです。
松本岩雄/瀧音能之
平凡社、2024年1月、本体3900円
【訂正とお詫び】
第6講「出雲国造出雲臣」
南北朝期に千家家と北島家に分かれた出雲国造家が明治期になって「出雲大社の宮司職は千家家が担い、国造職も千家家に一本化された」(98頁11~12行目)とあるのは誤りです。
明治政府の意向により宮司職は千家家が担うことになりましたが、その後も今日に至るまで千家家、北島家ともに出雲国造を世襲、称号しています。この場をかりて訂正するとともに、北島家にお詫び申し上げます。